父、病気
2019年3月、父は自宅の風呂場で倒れた。
その時、父母と同居していた妹の子、
そしてたまたま遊びに来ていた妹もいた。
リビングで団らんしていたが、
風呂場から『コン・・コン・・コン・・』
とこぶしでノックするような音が聞こえたようで、
行ってみると裸で倒れていたんだとか。
2回目の救急車要請。
そのまま、心筋梗塞で通院中だった総合病院へ搬送→入院、
脳梗塞だった。
脳梗塞は発症してからの時間と、
詰まった部位により、予後が関係するといわれる。
父は、2週間くらいはベッド上で安静にし、
点滴が外れるとリハビリが始まった。
幸い、言語には障害なし。
左側だったと思うが、麻痺が残り、
歩けるようになるかが勝負だった。
リハビリは3ヶ月、理学療法士、作業療法士さんのおかげ。
特にリハビリ部門の長が、後ろから父の姿勢を見ると、
「歩けるようになる!」と言葉をかけてくださったようで、
意欲を掻き立てられた父は、なんとか杖歩行ができるようになった。
全部で4カ月の入院、脳は心臓の時より厄介な病気だと、
しみじみと言っていた。
父の介護
車の運転は控えた方がいい、
とDr意見もあったが、父は運転できるようになった。
たぶん、人に頼れないから、自分でやるしかないと思ったのだろう・・・
ただ、父の運転できる範囲は市内での買い物や
内科、脳外科、いびき外来、時に眼科の通院のみ。
市外への挨拶周りは、私が連れていくことになった。
ここで、私と父の立場が完全に逆になった。
上手に親に頼れない私。
同じく、上手に人に頼れない父は、
無理をして運転をしてどこでも行ってしまうだろう。
こちらが察してあげないと・・・
父と母の生活は円滑にいかなくなった。
もう一つ、父の課題。
それは他者との交流・・・
正確には父は、母や父の妹以外、人との交流がなかったのだ。
要介護3、病院からの勧めもあり、
ケアマネージャーもついて、リハビリ系半日デイサービスに
週2回も行くようになった。
多少のプライドは残っていたが、それなりに楽しんでいる様子があった。
それが約2年続き、
とっつきにくい父親から、「いいおじいちゃん」になっていた。
そして、近寄りがたさが和らぎ、
はじめて親子関係が築けるようになった感じがした。
最後の入院
その時が来てしまった。
半日型デイから帰宅し、昼食を終えて、ソファで居眠りを始めた。
ほどよく疲れ、コトンと眠ったようだ。
ただ、いつもの息づかいと違う、
大きないびきをかいている、
揺すっても起きない、
など異変を感じた母が、救急車を呼ばず、私を呼んだ。
いつも自分では救急車を呼べない母に、
憤りとしょうがないな、と感情が湧きあがった。
10分で実家に着いた私は、父の大きないびきに、
脳内出血の疑いがあると思い、父のからだを動かさず救急要請。
父にとっては3回目の救急搬送。
救急隊には本当にお世話になりました。
この日もまた、
脳梗塞発症からお世話になっている脳外科Drのいらっしゃる日で、
頭蓋内出血の処置にて緊急手術が行われた。
これからの生活、どうなるんだろう?
意識は戻る?戻ったとしても重介護か?
そうなると同居して母と協力しないと・・・
一瞬覚悟した。
それとも病院を渡り歩く生活になるのか?
と職業柄、即座に考えてしまい、複雑な気持ちになった。